サイエンスの有名人!米村でんじろう先生について語る

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米村でんじろう先生を語ろう

テレビでも今や引っ張りだこのサイエンスの達人と言えば、そう、米村でんじろう先生です。
米村でんじろう先生はサイエンスプロデューサーと名乗っており、29歳の頃に高校の先生をしていました。
それよりもさらに遡ると、なんと三浪をして大学に入学しています。

現役で入学した大学生の方が3年生になる頃に入学するという遅めの入学で、卒業しても出遅れることになりますが、米村でんじろう先生はその遅れを取り戻すように現在は一躍有名人となっています。
米村でんじろう先生は千葉県に生まれました。
市原市というサッカーでも有名な土地に生まれましたが、その時は昭和30年代でした。
千葉県と言えばディズニーランドやディズニーシーも有名ですが、米村でんじろう先生はサイエンスに興味を持ちました。

自然が多い土地だったので自然に興味を持つようになり、理科の世界に没頭するようになりました。
その頃のでんじろう先生の成績は、理科の成績は良かったそうですが、他の科目の成績はあまり良くはなかったそうです。
また、宿題もあまりやらずに忘れて学校に行くという子供だったようで、こうした方でもサイエンスプロデューサーとして活躍できるというのは、刺激になる話と言えます。

三浪時代のつらい生活

でんじろう先生は三浪していますが、その頃の生活はとてもつらかったそうです。
引きこもりのような生活を送っており、気持ち的にも屈折してしまうことも多かったそうです。
理科では光の屈折について勉強しますが、まさにでんじろう先生のこの頃の人生も、屈折した人生だったと言えるでしょう。
ですが、三年間受験勉強を終えた後、何とか大学に合格することができました。

そこから大学に入学しますが、2年までの内容はついていけたものの、そこからついていけなくなってきたそうです。
物理を得意としていたでんじろう先生ですが、内容がどんどん専門的になるにつれて、次第に落ちこぼれになっていったそうです。
ですがそこでも何とか踏ん張り、大学を卒業することができました。
大学を卒業してからは大学院に入り、卒業する頃には29歳になっていました。

大学院を卒業して30歳手前という年齢になったでんじろう先生は、これからどうなっていくのだろうと思い悩んだこともあるそうです。
他の友達は仕事を始めており、結婚する方も多かったようです。
その中で新人教師として高校で仕事を始めたそうです。

現在の人気ぶりへ飛躍

そこからでんじろう先生は学校の先生の仕事を頑張り、現在のでんじろう先生として一躍脚光を浴びるようになりました。
現在も様々なメディアから声がかかっており、遅咲きの人生と言えますが、今は順調に活動しています。

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